『朗読能シアター 咸陽宮』ありがとうございました - スポンサー広告徒然綴る
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高橋郁子

Author:高橋郁子
もろもろ脚本・朗読劇の演出も
(シナリオ作家協会所属)
Twitter :@ikuko_t

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月に語れば

或る脚本書きによる、気まぐれブログ。

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『朗読能シアター 咸陽宮』ありがとうございました

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「朗読能シアター 咸陽宮」無事に幕をおろすことができました。
ご来場いただいた皆様、応援してくださった皆様、どうもありがとうございました。

2001年から書き始めた朗読劇。
今のスタイルになるまで、紆余曲折ありました。

初めの頃、「人の集中力は30分しか持たない。だから朗読(語り)は短編にすべき」と、言われたことがあります。
生意気にも「飽きない工夫をすればいいだけなんじゃないの」と思っていました。

ひとつの声が続く。同じ語り口が続く。
パターンが生まれれば、「予測」することができるようになる。
予測を裏切っていけば、聴き手が飽きることはない。

試行錯誤の末、今の楽譜のようなスタイルのものができました。
セリフとモノローグと地読み(ナレーション)を1人がすべて担う。
3人語りならば、耳へのアプローチは9つに広がる。
これらを瞬時に切り替え、ときに重ねて伝えていく。
リズムも音(声)も次々に変わる。
耳に予測させない構成を心がければ、30分をこえる物語も飽きさせることはない。


演出時には、雑音(想像の邪魔をするもの)を極力排します。

リズムパターンによる予測が生まれるため、語り手の癖をとる。
行間で気を抜けば、空気が途切れ、聴き手は現実に引き戻されてしまうため、気を繋ぐ。
同様に、語り手の無駄な動きは「物語の人物」ではなく「目の前の語り手」に注意を向けさせることになるため、余計な動きをさせない。
あからさまな効果(音楽、照明などの一切)は、目の前の変化に気をとられてしまうため、変化は基本「いつのまにか」。
人の耳に、無意識にどう届くか、感覚的にどう届いているかに注意を払います。

  なんてことをやるのですが、はじめのうちはなかなか理解されませんでした。
人称は入り乱れるし、とにかく「読む」ものと考えると、文章は破綻しているのですから。
(「だが」「しかし」や、「おと」「ね」などリズムを生む為に、意味は同じでも違う言葉をもってきたり)

語るため、聞くためのホン。
実力のある役者さんがキャスティングされる「朗読能シアター」があったお陰で、
多くのお客様に聞いていただくことができ、この特殊な構造の面白さを理解して貰えるようになりました。
ありがたいことです。

企画者の和の会のみなさんをはじめ、キャスト、スタッフ、すべてのご縁に感謝します。

そしてなにより。
朗読は、聴き手のみなさんが情景を想像できて初めて完成するものです。
「咸陽宮」を頭の中で作り上げてくださった、お客様に心から感謝します。

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THEME:演劇 | GENRE:学問・文化・芸術 |

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